何万年或いは何十万年以上昔の太古時代における人類は、その生活空間である洞窟に多くの 画像世界を残しています。それほどに、言語に代わる絵画の意思伝達手段は古いという ことが出来ましょう。 「ロゼッタストーン」などで代表される「ヒエログリフ」という象形文字は、紀元前2200年 頃から使用されていたと推測されています。 ぐっと新しくなって、インターネット情報社会での電子メールでは、言語表示以外に 「メール絵文字」が一部の人の間で用いられています。やはり、くどくどと言葉で書き詰める より、一枚の絵文字の方が、よほど当人の意志を伝達しているということになるのでしょう。 近代社会になるまでの人間世界において、果たしてどれほどの屋外表示や画像による通告類が あったのでしょうか。一例、日本に於ける江戸時代までの野外表示類ということになりますと、 江戸・大坂・京などの市街地における商人の店の看板や公道の脇の高札ぐらいだったのでは ないでしょうか。 それが近代社会になりますと、時間的には、ネオンサインなどの手段により、それこそ 24時間広告類が町に溢れるようになっており、空間的には、アドバルーンにより、 空の上からも、表示類が舞い降りてきます。公共の場所を示すだけでなく、交通環境の 指示類が街路に溢れており、一時たりともそれらの表示類を無視して生活できないような 画像世界の構成になってきました。 これだけいろいろの生活環境が画像世界で構成されているのであれば、この傾向を更に進めて、 地球上どこへいっても、人種に関係なく、生活環境の共通化が計れ、意思疎通が図れて、かつ お互いに便利な人間生活環境が確保できるようにならないでしょうか。 現在世界には何十語、あるいは、百語以上の言語があり、民族間の意思疎通には、どうしても 通訳を介する必要があります。音楽や画像情報としての絵画などでは、その必要がありません。 ぜひとも「画像言語」による世界共通語を期待したいところです。目次に戻る
ISO(国際標準化機構)で世界共通のサインやマークが検討され始めており、アメリカに おいては1981年34種の「案内用図記号」を提案しています。 日本においても運輸省(現国土交通省)が1999年から検討を始め、2001年125種の 標準案内図記号を提唱し、2003年には、その内から110種がJIS(日本工業規格)に 登録発行されました。 それらの対象は、公共・一般施設、交通施設、商業施設、観光・文化・スポーツ施設での表示類、 さらに、「安全」「禁止」「注意」「指示」類の表示に分類されます。 これらの中で、世界的に承認を得ているサインは、「非常口」を示す図柄のものです。
2008年8月は、北京に於いてオリンピック競技が展開されました。世界各国の選手が 一堂に会して、スポーツという一つの共通の場で、共通の行動を取ることになりました。 どうしても言語説明以前にサインやマークによる共通の環境世界を成り立たせる必要が 生じます。 このような世界的なスポーツ大会の開催でなくても、現在ほど頻繁にいろいろの民族が 交流しなければならない時代はかってなかったでしょう。 すでに20世紀の初め頃から、鉄道、さらには飛行機の公共環境で、共通のサインやマークの 必要性を感じて、国際共通標識の記号が何種類か決め始められているのです。目次に戻る
嘗て人間は言語に依らない意思疎通の通信手段として、烽火を用いたり、手旗信号を 用いて、画像で情報を伝達しておりました。従って、サインやマークを用いることで、 人類共通の意思疎通手段が構築できそうにも思います。 既に、これまで、上述のようにすこしずつ国際化を図ったサインやマークが検討され 始めていますが、いまだに、本格的な「人類共通の画像言語」は規格化されていません。 簡単なところで、すでに人類共通のサインやマークになっていると思われるものに、 「○」「×」あるいは、「矢印」(→ ← ↑ ↓)などがあります。 これらは何れの民族や人種でも、「よいこと、認められること」とそれらの反対指示で あること、あるいは「ものごとの動きの方向」をしめしている、とわかるのでしょうか。 どうも必ずしも、「よいこと、認められること」を表示しているようでもないようです。 一例をあげますと、ヨーロッパの道路標識で、「赤丸」は、車両通行止め(ERS) だそうです。因みに日本では、「赤丸」だけでなく、真ん中に車線を一本入れて、禁止を 意味するサインにしています。
一方、時代と共に、その表示が時代遅れしていて、解らない状況になることも考えられます。 一例を挙げますと、次のマークでの受話器は、もうすぐ時代遅れになる可能性があります。 そのときには、これらのサインが何を意味するのか解らなくなりましょう。
一方画像だけでなく、「色彩」についても世界共通の認識が広められつつあります。 一例は、世界的なスポーツになってきたサッカー競技での、審判の指示行動です。 手に持った「レッドカード」「イエローカード」によって、如何なる審判判定か 競技場にいる全員が一瞬にして解るのです。これは、交通標識での信号も同じです。 ただし、それ以外の色彩については、人によって、民族によって、いろいろの認識して いるようですから、統一するのは難しいのではないでしょうか。 さらに画像表示で重要なことは、子供にでも簡単に理解できるものであることが望ましい わけです。また、なるべく言語表示はしないことでしょう。「NO」や「STOP」ぐらい ならば、文字数が少なく、だれしも理解できそうですが、漢字で「止まれ」や「横断禁止」など と書かれても外国人には、ちんぷんかんぷんです。 これらのなかで、人命に直接関わる表示類は是非とも、早期に国際標準化が進められることを 願うところです。
*** 平成20年9月9日(「重陽の日」に) ***産業部技術顧問・中西久幸