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ー第120回知恵の会資料ー平成26年1月12日ー


(その65)課題「の(野)」ー万葉集の四季の野ー
                                 目     次

  <1>万葉集20巻の四季の野の歌   <2>巻1の「野」の歌  <3>万葉集巻一の「野」の歌碑群
 
  <雑記帳・その1>万葉集の「野」  <雑記帳・その2>古今六帖の四季の歌
 <雑記帳・その3>百人一首の「野」 <雑記帳・その4>枕草子の「野」

<1>万葉集20巻の四季の野の歌

季節区分巻別歌語(季節の風物)(歌番号)例歌
春の野(春野) 巨勢山の椿(54,56) 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲ばな巨勢の春野を
野火(199、230)、うはぎ(菟芽子221)、 妻もあらば摘みてけだまし沙弥の山 野の上のうはぎ過ぎにけらずや
鶯・梅(837、839)、うはぎ(菟芽子221) 春の野に切り立ち渡り降る雪と人見るまでに梅の花散る
茂野(926,927) (長歌)・・・馬並めて御狩ぞ立たす春の茂野に
すみれ摘み(1424)春菜・雪(1427)
鶯(1443)雉(きぎし1446)
芽花(つばな1460)
春の野にすみれ摘みにと来し我そ野をなつかしみ一夜寝にける
10鶯(1824、1825)春の日(1882)
かほ鳥(1898)藤・葛(1901)
霞・花(1902)うはぎ(1879)
紫草の根延ふ横野の春野には君をかけつつ鶯鳴くも
14草はむ駒(3532) 春の野に草食む駒の口やまず吾を偲ぶらむ家の子ろはも
16下草(3802) 春の野の下草なびきわれも寄りにほひ寄りなむ友のまにまに
17鶯(3969)すみれ(3973) (長歌)春の野にすみれ摘みと・・・
19霞・鶯(4290) 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯なくも
夏の野(夏野)草深野(4)紫野・標野(20) たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野
雄鹿の角(502) 夏野行く雄鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや
姫百合(1500) 夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らへぬ恋は苦しきものぞ
10卯の花・時鳥(1957、1979)草(1983)
葛(1985)
卯の花の散らまくおしみ時鳥野に出で山に入り来鳴き響す
13道草(3296) 父母にしらせぬ子ゆゑに三宅道の夏野の草をなづみ来るかも
18小百合(4113、4116) 夏の野のさ百合の花の花咲みに・・・(長歌)
19草(4268) この里は継ぎて霜や置く 夏の野にわが見し草はもみちたりけり
秋の野(秋野)草(仮廬7) 秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治のみやこの仮廬し思ほゆ
鹿(570)大和へに君が立つ日の近づけば野に立つ鹿もとよみてぞ鳴く
七草(1537)尾花(1577)
雁・浅茅(1578)さ雄鹿・萩(1580)
萩・風・露(1597)なでしこ(1610)
鹿(1613)
秋の野に咲ける秋萩秋風になびける上に秋の露置けり
10風・萩(2103)鹿・萩(2154)
さ雄鹿(2147)尾花・百舌鳥(2167)尾花(2242)
秋風は涼しくなりぬ馬なめていざ野に行かな萩の花見に
12紫草・鹿(3099)紫草を草と別く別く伏す鹿の野は異にして心は同じ
15萩(3677)鹿(3678) 秋の野をにほはす萩は咲けれども見るしるしなし旅にしあれば
17草(4011)(長歌)・・・野を廣み草こそ繁き・・・・
20男女の花(4317)露・萩(4318)
霧・雄鹿(4319)さ雄鹿・萩(4320)
秋の野に露負へる萩を手折りらづてあたら盛りを過ごしてむとか
冬の野(冬野)かぎろひ(48) 東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ
霜・鶴群(1791)旅人の宿りせむ野に霜ふらばわが子はぐくめ天の鶴群
11草(2776) 道の辺の草を冬野に踏み枯らしわれ立ち待つと妹に告げこそ
「野」・「山」
(対語)
(971)(長歌)山の極野の極見よと・・・・
(1629)(長歌)高円の野にも山にもうち行きて・・・・
12(3335)(長歌)あしひきの山行き野行き・・・・
13(3339)(長歌)あしひきの野行き山行き・・・・
17(3993)(長歌)あしひきの山にも野にもほととぎす鳴きし響めば・・・・
20(4344)忘らむて野行き山行き我来れど我が父は母は忘れせぬかも
その他の「野」 (1243) 見渡せば近き里廻をたもとほり今ぞわが来る領巾振りし野に
14(3434・3452・3463) おもしろき野をばな焼きそ古草に新草まじり生ひは生ふるがに
19(4148) 杉の野にさ躍る雉いちしろく音にも鳴かぬ隠れ妻かも

<2>巻一の「野」の歌

 万葉集・巻一には84首の歌が収められていて、その中に季節毎の「野」を詠った歌が選ばれています。

(1)春の歌
   巨勢山のつらつら椿つらつらに 見つつ偲ばな巨勢の春野を 巻1−54 坂門人足
     (万葉歌碑:12基ー奈良、大阪、京都、愛知、山梨、福島、兵庫、愛媛、高知、鹿児島)
                  (注)京都府城陽市内・久世鷺坂舊跡・万葉植物歌碑群

   川の辺のつらつら椿 つらつらに見れども飽かず 巨勢の春野は 巻1−56 春日蔵首老
     (万葉歌碑:1基ー大阪(八尾第二万葉植物園内))

(2)夏の歌
   たまきはる宇智の大野に馬並めて 朝踏ますらむ その草深野 巻1−4 中皇命 代詠 間人連老
     (万葉歌碑:1基ー奈良(五條市久留野町・荒坂峠))

   あかねさす紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや君が袖振る 巻1−20 額田王
     (万葉歌碑:16基ー奈良、大阪、滋賀、愛知、栃木、宮城、福島、岡山、愛媛、高知、福岡)

(3)秋の歌
   秋の野のみ草刈り葺き宿れりし 宇治のみやこの仮廬し思ほゆ 巻1−7 額田王
     (万葉歌碑:1基ー京都(宇治市内・下居神社内))(<3>宇治のみやこの仮廬歌碑参照方)

(4)冬の歌
   東の野に炎の立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ 巻1−48 柿本人麻呂
     (万葉歌碑:7基ー奈良、岐阜、栃木、宮城、石川、島根)
           (注)奈良県宇陀市かぎろひの丘に昭和15年建立された佐佐木信綱揮毫になる歌碑が著名)

 榛原を詠んだ歌として、
   綜麻形(へそかた)の林のさきのさ野榛の 衣につくなす 目につくわが背 巻1−19 読人不知
   引馬野に にほふ榛原入り乱れ 衣にほはせ 旅のしるしに 巻1−57 長忌寸奥麻呂
 
 その他地名としての吉野(巻1−25,26,27,36,37,38番)、荒野(巻ー47番)、
橿原(巻1−29番)、高野原(巻1−84番)などが挙げられている。

<3>万葉集巻一の「野」の歌碑群


(1)巨勢の春野の万葉歌碑

(2)宇智の大野の万葉歌碑

(3)宇治・下居神社の万葉歌碑

(4)宇陀・かぎろひの丘万葉歌碑
(補足写真)(3)宇治・下居神社の万葉歌碑 
         建立場所:宇治市上権現町 建立年月:平成4年4月 揮毫者:森鵬父(書家)

(左)下居神社参道と鳥居(右)下居神社拝殿

<雑記帳>

<その1>万葉集の「野」

    巻1−巻6:阿騎野 秋津野 浅野 稲日野 印南野 岩代の野 猪名野 宇智の野 宇智の大野 大野
         春日野 栗栖の小野 巨勢の春野 雑賀野 高円の野 多芸の野 託馬野 布当の野 真熊野
         真野 み吉野 安の野 吉野
  巻7−巻16:上小竹葉野、竹葉野、浅沢小野、浅葉野(浅葉の野)、阿太の大野、阿婆の野、印南野、岩代の野、
         石田の小野、入野、猪名野、宇陀の野、大我野、春日野、春日の野、春日の小野、勝野、猟高の野、
         雁羽の小野、佐紀野、小竹葉野、敷の野、司馬の野、末の原野、竹葉野、誰葉野、高松の野、
         高円の野、都賀野、遠里小野、名張野、浪柴の野、旗野、真野、美吉野、八田の野、横野、吉野
巻17−巻20:味真野、印南野、石瀬野、石田野、押垂小野、大野、小野、上野、佐野、須賀の荒野、高円の野、
         棚倉の野、都久野、都武賀野、遠里小野、等夜の野、美都我野、み吉野、武蔵野、吉野

<その2>古今和歌六帖の「野」

 古今和歌六帖の第二帖は、歌題に「山」「田」「野」「都」「田舎」「宅」「人」「仏事」が取りあげられていて、
 「野」の歌題には「はるのの」(6首)「夏のの」(2首)「秋のの」(11首)「ふゆのの」(2首)さらに「ざふのの」(6首)
が詠われ、鷲、雉、鷹、鳩、鶉なども付されています。ここには「の」歌合計27首を引用します。
 
 「はるのの」 草も木もみどりにみゆる春の の に雨ふりそめば色やまさらん
        春ふかくなりぬる時の 野 べみれば草のみどりも色まさりけり つらゆき
        こまなべてめもはるの の にまじりなんわかなつみつる人もありやと
        中中になにあひみけんかすが の のやくるほのほをよそにみましを
        春の の にわかなつまんとしめし 野 にちりかふ花にみちもまがひぬ
        わすらるる時しなければかすが の のとふひありやとまつぞわびしき
 「夏のの」  夏 野 ゆくをしかのつののつかのまもみねばこひしき君にもあるかな ひとまろ
        草しげみしたしげりゆく夏の の をわくとわくれば袖ぞひちぬる
 「秋のの」  秋の の にみだれてさける花の色のちくさにものをおもふ比かな
        秋の の のうつろふみればつれなくてかれにし人をくさばとぞおもふ
        秋の の の草もわけぬにわが袖のものおもふなへに露けかあるらん
        秋の の にいまこそゆかめもののふのをとこ女のはなにほふみに つらゆき
        秋の の のにしきのごともみゆるかな色なき露はおかじとぞ思ふ もとかた
        秋の の にいかなる露をおけばかはちぢにくさばの色かはるらん
        秋の の におくしら露は玉なれやつらぬきとむるくものいとすぢ あさやす
        秋の の にわけゆからにうつりつつわが衣手は花のかぞする みつね
        ゆくゆくとみれどもあかぬ秋の の はゆきもやられずとまるともなし いせ
        秋風のふきと吹きぬるむさし 野 はなべて草木の色かはりけり
        世中のつねとはみれど秋の の のうつろひかはる時ぞわびぬる そせい 
 「ふゆのの」 しもがれの人とわが身をおもひせばもえても春をまたましものを こまちがあね
        かやの の べいともかくなるみねのうへの松がえともにひさしきものを
 「ざふのの」 ふゆごもりはるのおほ の をやく人はやきやかねばや人のむねやく
        むさし の の草のゆかりときくからにおなじ 野 べともむつましきかな
        あふことをいなび の にすむしかこそはかりの人にはあはじてふらめ
        わするやと の にいでてみれば花ごとにふくめるものはあはれなりけり そせい
        はつかにもひとをみまくのすすき の のほにいでていまぞこひしかりける
        いなび の のあさぢおしなみさねしよのけながくあればいもをこそ思へ

 (参考メモ)「古今和歌六帖」万葉集から後撰和歌集の頃まで、約4500首を25項517題に分類した類題和歌集。
       万葉集の歌が約二割五分含まれる。編者に兼明親王または源順 貞元・天元(976−982)頃の成立。

<その3>百人一首の「野」

 「春の野」と「秋の野」が一首ずつ選定されていて、それぞれ
  春の野:若菜 雪
  秋の野:白露 風
 とまことに季節を代表する風物の詠い込みで、対照的です。

  第15番 君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ 光孝天皇
  第37番 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける 文室朝康

 因みに、地名の「野」として4首あり、「吉野」「小野」「生野」が歌われています。

  第31番 朝ぼらけ ありあけの月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪 坂上是則
  第39番 浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき 参議 等
  第60番 大江山 生野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立    小式部内侍
  第94番 み吉野の 山の秋風 小夜更けて ふるさと寒く 衣打つなり   参議雅経

 なお、参考までに、「原」としては、5首歌われている。
  第7番  天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも    安倍仲麿
  第11番 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまの釣り舟 参議 篁
  第27番 みかの原 わきてながるる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ 中納言兼輔
  第58番 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする     大弐三位
  第76番 わたの原 こぎ出でてみれば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波  法性寺入道前関白太政大臣

 (参考)「野」と「原」の関する参考文献:糸井通浩「「原」「野」語誌考・続貂」『愛文』(昭和54年7月)
           (メモ:続貂(ゾクチョウ)とは、立派なものの後に粗悪な物が続くこと)
    

<その4>枕草子の「野」

 枕草子 第166段 松浦貞俊・石田穣二訳注 下巻 (昭和50年12月30日)角川文庫

  野は嵯峨野、さらなり。
  印南野。交野。狛野。飛火野。しめし野。春日野。
  そうけ野こそ、すずろにをかしけれ。などて、さつけけむ。
  宮城野。粟津野。小野。紫野。

 嵯峨野:葛野郡、嵯峨天皇離宮造営、秋の景を賞す。
 印南野:加古郡、明石川(南東)より賀古川(北西)まで、方約三里。万葉集に「稲日野」「伊奈美野」。
 交 野:交野郡(北河内郡)、禁野で遊猟の地。淀川左岸、枚方北方の地。
 狛 野:山城相楽郡、木津川西岸、昔の下狛郷の地。
 飛火野:春日野。
 しめし野:山城(能因歌枕、和歌初学抄)。
 春日野:興福寺東、大鳥居以北、東大寺以南。
 そうけ野:(八雲御抄に枕草子より引用)。
 宮城野:陸前、仙台東部。萩の名所。
 粟津野:滋賀郡、膳所あたり。
 小 野:愛宕郡、源氏物語。修学院から大原にかけての一帯。源氏物語、伊勢物語。惟喬親王隠棲の地。
 紫 野:愛宕郡、大徳寺辺り。賀茂齋院所在地。



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平成25年12月25日  *** 編集責任・奈華仁志 ***

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