目 次 <1>万葉集20巻の四季の野の歌 <2>巻1の「野」の歌 <3>万葉集巻一の「野」の歌碑群 <雑記帳・その1>万葉集の「野」 <雑記帳・その2>古今六帖の四季の歌 <雑記帳・その3>百人一首の「野」 <雑記帳・その4>枕草子の「野」
季節区分 | 巻別 | 歌語(季節の風物)(歌番号) | 例歌 |
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春の野(春野) | 1 | 巨勢山の椿(54,56) | 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲ばな巨勢の春野を |
2 | 野火(199、230)、うはぎ(菟芽子221)、 | 妻もあらば摘みてけだまし沙弥の山 野の上のうはぎ過ぎにけらずや | |
5 | 鶯・梅(837、839)、うはぎ(菟芽子221) | 春の野に切り立ち渡り降る雪と人見るまでに梅の花散る | |
6 | 茂野(926,927) | (長歌)・・・馬並めて御狩ぞ立たす春の茂野に | |
8 | すみれ摘み(1424)春菜・雪(1427) 鶯(1443)雉(きぎし1446) 芽花(つばな1460) |
春の野にすみれ摘みにと来し我そ野をなつかしみ一夜寝にける | |
10 | 鶯(1824、1825)春の日(1882) かほ鳥(1898)藤・葛(1901) 霞・花(1902)うはぎ(1879) |
紫草の根延ふ横野の春野には君をかけつつ鶯鳴くも | |
14 | 草はむ駒(3532) | 春の野に草食む駒の口やまず吾を偲ぶらむ家の子ろはも | |
16 | 下草(3802) | 春の野の下草なびきわれも寄りにほひ寄りなむ友のまにまに | |
17 | 鶯(3969)すみれ(3973) | (長歌)春の野にすみれ摘みと・・・ | |
19 | 霞・鶯(4290) | 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯なくも | |
夏の野(夏野) | 1 | 草深野(4)紫野・標野(20) | たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野 | 4 | 雄鹿の角(502) | 夏野行く雄鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや |
8 | 姫百合(1500) | 夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らへぬ恋は苦しきものぞ | |
10 | 卯の花・時鳥(1957、1979)草(1983) 葛(1985) | 卯の花の散らまくおしみ時鳥野に出で山に入り来鳴き響す | |
13 | 道草(3296) | 父母にしらせぬ子ゆゑに三宅道の夏野の草をなづみ来るかも | |
18 | 小百合(4113、4116) | 夏の野のさ百合の花の花咲みに・・・(長歌) | |
19 | 草(4268) | この里は継ぎて霜や置く 夏の野にわが見し草はもみちたりけり | |
秋の野(秋野) | 1 | 草(仮廬7) | 秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治のみやこの仮廬し思ほゆ |
4 | 鹿(570) | 大和へに君が立つ日の近づけば野に立つ鹿もとよみてぞ鳴く | |
8 | 七草(1537)尾花(1577) 雁・浅茅(1578)さ雄鹿・萩(1580) 萩・風・露(1597)なでしこ(1610) 鹿(1613) | 秋の野に咲ける秋萩秋風になびける上に秋の露置けり | |
10 | 風・萩(2103)鹿・萩(2154) さ雄鹿(2147)尾花・百舌鳥(2167)尾花(2242) | 秋風は涼しくなりぬ馬なめていざ野に行かな萩の花見に | |
12 | 紫草・鹿(3099) | 紫草を草と別く別く伏す鹿の野は異にして心は同じ | |
15 | 萩(3677)鹿(3678) | 秋の野をにほはす萩は咲けれども見るしるしなし旅にしあれば | |
17 | 草(4011) | (長歌)・・・野を廣み草こそ繁き・・・・ | |
20 | 男女の花(4317)露・萩(4318) 霧・雄鹿(4319)さ雄鹿・萩(4320) |
秋の野に露負へる萩を手折りらづてあたら盛りを過ごしてむとか | |
冬の野(冬野) | 1 | かぎろひ(48) | 東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ |
9 | 霜・鶴群(1791) | 旅人の宿りせむ野に霜ふらばわが子はぐくめ天の鶴群 | |
11 | 草(2776) | 道の辺の草を冬野に踏み枯らしわれ立ち待つと妹に告げこそ | |
「野」・「山」 (対語) |
6 | (971) | (長歌)山の極野の極見よと・・・・ |
8 | (1629) | (長歌)高円の野にも山にもうち行きて・・・・ | |
12 | (3335) | (長歌)あしひきの山行き野行き・・・・ | |
13 | (3339) | (長歌)あしひきの野行き山行き・・・・ | |
17 | (3993) | (長歌)あしひきの山にも野にもほととぎす鳴きし響めば・・・・ | |
20 | (4344) | 忘らむて野行き山行き我来れど我が父は母は忘れせぬかも | |
その他の「野」 | 7 | (1243) | 見渡せば近き里廻をたもとほり今ぞわが来る領巾振りし野に |
14 | (3434・3452・3463) | おもしろき野をばな焼きそ古草に新草まじり生ひは生ふるがに | |
19 | (4148) | 杉の野にさ躍る雉いちしろく音にも鳴かぬ隠れ妻かも |
万葉集・巻一には84首の歌が収められていて、その中に季節毎の「野」を詠った歌が選ばれています。 (1)春の歌 巨勢山のつらつら椿つらつらに 見つつ偲ばな巨勢の春野を 巻1−54 坂門人足 (万葉歌碑:12基ー奈良、大阪、京都、愛知、山梨、福島、兵庫、愛媛、高知、鹿児島) (注)京都府城陽市内・久世鷺坂舊跡・万葉植物歌碑群 川の辺のつらつら椿 つらつらに見れども飽かず 巨勢の春野は 巻1−56 春日蔵首老 (万葉歌碑:1基ー大阪(八尾第二万葉植物園内)) (2)夏の歌 たまきはる宇智の大野に馬並めて 朝踏ますらむ その草深野 巻1−4 中皇命 代詠 間人連老 (万葉歌碑:1基ー奈良(五條市久留野町・荒坂峠)) あかねさす紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや君が袖振る 巻1−20 額田王 (万葉歌碑:16基ー奈良、大阪、滋賀、愛知、栃木、宮城、福島、岡山、愛媛、高知、福岡) (3)秋の歌 秋の野のみ草刈り葺き宿れりし 宇治のみやこの仮廬し思ほゆ 巻1−7 額田王 (万葉歌碑:1基ー京都(宇治市内・下居神社内))(<3>宇治のみやこの仮廬歌碑参照方) (4)冬の歌 東の野に炎の立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ 巻1−48 柿本人麻呂 (万葉歌碑:7基ー奈良、岐阜、栃木、宮城、石川、島根) (注)奈良県宇陀市かぎろひの丘に昭和15年建立された佐佐木信綱揮毫になる歌碑が著名) 榛原を詠んだ歌として、 綜麻形(へそかた)の林のさきのさ野榛の 衣につくなす 目につくわが背 巻1−19 読人不知 引馬野に にほふ榛原入り乱れ 衣にほはせ 旅のしるしに 巻1−57 長忌寸奥麻呂 その他地名としての吉野(巻1−25,26,27,36,37,38番)、荒野(巻ー47番)、 橿原(巻1−29番)、高野原(巻1−84番)などが挙げられている。
(1)巨勢の春野の万葉歌碑 |
(2)宇智の大野の万葉歌碑 |
(3)宇治・下居神社の万葉歌碑 |
(4)宇陀・かぎろひの丘万葉歌碑 |
(補足写真)(3)宇治・下居神社の万葉歌碑 建立場所:宇治市上権現町 建立年月:平成4年4月 揮毫者:森鵬父(書家)
巻1−巻6:阿騎野 秋津野 浅野 稲日野 印南野 岩代の野 猪名野 宇智の野 宇智の大野 大野 春日野 栗栖の小野 巨勢の春野 雑賀野 高円の野 多芸の野 託馬野 布当の野 真熊野 真野 み吉野 安の野 吉野 巻7−巻16:上小竹葉野、竹葉野、浅沢小野、浅葉野(浅葉の野)、阿太の大野、阿婆の野、印南野、岩代の野、 石田の小野、入野、猪名野、宇陀の野、大我野、春日野、春日の野、春日の小野、勝野、猟高の野、 雁羽の小野、佐紀野、小竹葉野、敷の野、司馬の野、末の原野、竹葉野、誰葉野、高松の野、 高円の野、都賀野、遠里小野、名張野、浪柴の野、旗野、真野、美吉野、八田の野、横野、吉野 巻17−巻20:味真野、印南野、石瀬野、石田野、押垂小野、大野、小野、上野、佐野、須賀の荒野、高円の野、 棚倉の野、都久野、都武賀野、遠里小野、等夜の野、美都我野、み吉野、武蔵野、吉野
古今和歌六帖の第二帖は、歌題に「山」「田」「野」「都」「田舎」「宅」「人」「仏事」が取りあげられていて、 「野」の歌題には「はるのの」(6首)「夏のの」(2首)「秋のの」(11首)「ふゆのの」(2首)さらに「ざふのの」(6首) が詠われ、鷲、雉、鷹、鳩、鶉なども付されています。ここには「の」歌合計27首を引用します。 「はるのの」 草も木もみどりにみゆる春の の に雨ふりそめば色やまさらん 春ふかくなりぬる時の 野 べみれば草のみどりも色まさりけり つらゆき こまなべてめもはるの の にまじりなんわかなつみつる人もありやと 中中になにあひみけんかすが の のやくるほのほをよそにみましを 春の の にわかなつまんとしめし 野 にちりかふ花にみちもまがひぬ わすらるる時しなければかすが の のとふひありやとまつぞわびしき 「夏のの」 夏 野 ゆくをしかのつののつかのまもみねばこひしき君にもあるかな ひとまろ 草しげみしたしげりゆく夏の の をわくとわくれば袖ぞひちぬる 「秋のの」 秋の の にみだれてさける花の色のちくさにものをおもふ比かな 秋の の のうつろふみればつれなくてかれにし人をくさばとぞおもふ 秋の の の草もわけぬにわが袖のものおもふなへに露けかあるらん 秋の の にいまこそゆかめもののふのをとこ女のはなにほふみに つらゆき 秋の の のにしきのごともみゆるかな色なき露はおかじとぞ思ふ もとかた 秋の の にいかなる露をおけばかはちぢにくさばの色かはるらん 秋の の におくしら露は玉なれやつらぬきとむるくものいとすぢ あさやす 秋の の にわけゆからにうつりつつわが衣手は花のかぞする みつね ゆくゆくとみれどもあかぬ秋の の はゆきもやられずとまるともなし いせ 秋風のふきと吹きぬるむさし 野 はなべて草木の色かはりけり 世中のつねとはみれど秋の の のうつろひかはる時ぞわびぬる そせい 「ふゆのの」 しもがれの人とわが身をおもひせばもえても春をまたましものを こまちがあね かやの の べいともかくなるみねのうへの松がえともにひさしきものを 「ざふのの」 ふゆごもりはるのおほ の をやく人はやきやかねばや人のむねやく むさし の の草のゆかりときくからにおなじ 野 べともむつましきかな あふことをいなび の にすむしかこそはかりの人にはあはじてふらめ わするやと の にいでてみれば花ごとにふくめるものはあはれなりけり そせい はつかにもひとをみまくのすすき の のほにいでていまぞこひしかりける いなび の のあさぢおしなみさねしよのけながくあればいもをこそ思へ (参考メモ)「古今和歌六帖」万葉集から後撰和歌集の頃まで、約4500首を25項517題に分類した類題和歌集。 万葉集の歌が約二割五分含まれる。編者に兼明親王または源順 貞元・天元(976−982)頃の成立。
「春の野」と「秋の野」が一首ずつ選定されていて、それぞれ 春の野:若菜 雪 秋の野:白露 風 とまことに季節を代表する風物の詠い込みで、対照的です。 第15番 君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ 光孝天皇 第37番 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける 文室朝康 因みに、地名の「野」として4首あり、「吉野」「小野」「生野」が歌われています。 第31番 朝ぼらけ ありあけの月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪 坂上是則 第39番 浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき 参議 等 第60番 大江山 生野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 小式部内侍 第94番 み吉野の 山の秋風 小夜更けて ふるさと寒く 衣打つなり 参議雅経 なお、参考までに、「原」としては、5首歌われている。 第7番 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも 安倍仲麿 第11番 わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまの釣り舟 参議 篁 第27番 みかの原 わきてながるる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ 中納言兼輔 第58番 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする 大弐三位 第76番 わたの原 こぎ出でてみれば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波 法性寺入道前関白太政大臣 (参考)「野」と「原」の関する参考文献:糸井通浩「「原」「野」語誌考・続貂」『愛文』(昭和54年7月) (メモ:続貂(ゾクチョウ)とは、立派なものの後に粗悪な物が続くこと)
枕草子 第166段 松浦貞俊・石田穣二訳注 下巻 (昭和50年12月30日)角川文庫 野は嵯峨野、さらなり。 印南野。交野。狛野。飛火野。しめし野。春日野。 そうけ野こそ、すずろにをかしけれ。などて、さつけけむ。 宮城野。粟津野。小野。紫野。 嵯峨野:葛野郡、嵯峨天皇離宮造営、秋の景を賞す。 印南野:加古郡、明石川(南東)より賀古川(北西)まで、方約三里。万葉集に「稲日野」「伊奈美野」。 交 野:交野郡(北河内郡)、禁野で遊猟の地。淀川左岸、枚方北方の地。 狛 野:山城相楽郡、木津川西岸、昔の下狛郷の地。 飛火野:春日野。 しめし野:山城(能因歌枕、和歌初学抄)。 春日野:興福寺東、大鳥居以北、東大寺以南。 そうけ野:(八雲御抄に枕草子より引用)。 宮城野:陸前、仙台東部。萩の名所。 粟津野:滋賀郡、膳所あたり。 小 野:愛宕郡、源氏物語。修学院から大原にかけての一帯。源氏物語、伊勢物語。惟喬親王隠棲の地。 紫 野:愛宕郡、大徳寺辺り。賀茂齋院所在地。