平成社会の探索

<「知恵の会」への「知恵袋」>

ー第103回知恵の会資料ー平成23年9月18日ー


(その48)課題「めん(面・仮面)」
ー「探偵小説と仮面」ー
江戸川乱歩の世界
 目     次 
まえがき
(その1)文芸世界に於ける「仮面」の役目
(その2)江戸川乱歩の「仮面」の世界
(その3)「本心」を引き出す道具としての「仮面」
(参考資料)江戸川乱歩について

<まえがき>

 仮面といえば、文学・芝居・民芸・演劇・歌劇、さらには漫画、映画、テレビ、などの中に、いろいろな
「仮面世界」を探せます。これまでに見聞きできた「仮面世界」を拾い集め、その中でも少年期に
出会った探偵小説世界での「仮面」を、その分野で日本の第一人者である江戸川乱歩の文学作品を
通して眺めてみました。

<(その1)>

 本人と知られたくない、素顔を見られたくない、外観上の姿態を実態以上に装飾したい、非人間的形態に
変身したい、などの目的で、変身や変装をしたり、仮面や覆面をかぶったり、眼鏡やマスクをかけたり
することを、次のように分類してみました。

1.変身:身体全体が他の姿態の物に変わること
     (例)ウルトラマン(添付写真)、仮面ライダー、スーパーマン、
        その他、特例として「水戸黄門」(仮面を付けていないが、「印籠」で変身する。)
2.変装:顔面、頭部、手足、胴体の一部あるいは、全体を衣装で覆い隠すこと
     (例)忍者(忍者はっとり君)、「怪人二十面相」(江戸川乱歩小説)、
        バットマン(洋画の主人公)、怪傑ゾロ(添付写真)、その他、特例として「鞍馬天狗」
3.仮面または覆面:顔面を衣装で覆い隠すことまたは覆面を取り付けること
     (例)芸術としての面:「伎樂面」(添付写真)「舞楽面」「行道面」「追面」
               「能面」(注1)「狂言面」
        民芸としての面:「獅子舞」「ひょっとこ面」「お多福面」「なまはげ」など。
        その他、アレクサンドル・デュマ「鉄仮面」(注2)、「オペラ座の怪人」、「仮面舞踏会」
        「覆面」の特例として「覆面パトカー」「覆面調査員」など。
4.顔の一部を覆う変装:頬被り、眼鏡、マスクを使用すること
      (例)強盗の一般的装束、鼠小僧次郎吉、「かいじん二十一面相」(森永グリコ事件)   
        その他、特例として「TVタレント・たもり」「プロレスラー・さすけ」
        「タイガーマスク」(添付写真)

(注1)「能面」(おもてがた、おもて、めん)の種類(基本系は60数種、現存200数十種あり)
    翁系面、尉面、鬼神面、怨霊面、女面、男面、特殊面、さらに直面(ひためん、素顔も能面)
(注2)黒岩涙香の翻案小説「鉄仮面」、江戸川乱歩の涙香版のリライト講談社版「鉄仮面」(1938年)
    小栗虫太郎「二十世紀鉄仮面」、清水義範の短編小説「天正鉄仮面」
    映画「仮面の男」(1998年)、宝塚歌劇団平成23年9月公演「仮面の男」(Royal Straight Flush)
 特に、仮面や覆面は、殆どの場合、現実の世界での実態と違った、または憧れの別の世界へ移動する
ためのあるいは本心を引き出す為の道具であるようです。(後述の3.項参照方)
 逆に言いますと、現実世界での「素顔」は、多くの場合、「本心を隠した仮面あるいは覆面」である
ということになります。職業によって、立場によって、仮面や覆面の意味合いが色々に使われるなかで、
一番気になるのが、いわゆる「政治家の素顔」で、仮面とは思えないところが問題です。街頭演説会その他
公衆の面前では、「政治仮面」を被ったパーフォーマンスを演じて貰ったほうが良さそうです。

(いはずもがな)「ペテン師とペテン大臣なじりあい 厚顔マスクの厚さ比べす」(大震災に泣く国民より)

<(その2)江戸川乱歩の「仮面」の世界>

 探偵小説には「仮面」は欠かせない素材になっています。その分野のパイオニアで、多くの「仮面」作品を
世に出した探偵小説作家・江戸川乱歩(後述、参考資料参照方)も当然多くの「仮面」作品を出版しています。
 1894年(明治27年)に三重県で生まれ(後述、参考資料参照方)、1965年(昭和40年)に
なくなる72年の人生に、次のような多くの小説を、また若い年齢層には、読み物を提供したことになります。
 代表的な「面」「仮面」作品を挙げておきます。

1.作品の分野と分類
(1)小説:1923年のデビュー作「二銭銅貨」以下、100点以上の作品群。
(2)少年向探偵小説:1936年の「怪人二十面相」以下、30点近くの作品群。
             代筆作品群は20巻23作品。
(3)随筆・評論類:1925年発表「悪人志願」以来、16作品。
(4)翻案探偵小説群:10作品あり。
(5)翻訳物:13作品。
(6)映像化された作品:1927年「一寸法師」〜2010年の「キャタピラー」に到る映画31作品。
            1959年「怪人二十面相」2008年「赤い部屋」に到る漫画24作品。
(7)文庫作品群:光文社ー全30巻 2003〜2006年
         春陽堂ー全30巻 1980年代後半
         創元社ー全20冊 1987〜2003年
         ポプラ文庫ー全26巻 2008年〜2009年
         講談社ー全66巻 1987年〜1989年 

2.「面」と「仮面」の作品群
(1)小説:「百面相役者」(『写真報知』1927年)、「覆面の舞踏者」(『婦人之国』1926年)、
      「黄金仮面」(『キング』1930年)
(2)少年向け探偵小説:「怪人二十面相」(初題「怪盗二十面相」、『少年倶楽部』1936年)、
            「怪奇四十面相」(『少年』1952年)、
            「奇面城の秘密」(『少年クラブ』、1958年)、
            「地獄の仮面」(『名探偵明智文庫』第4巻、1958年)
            「仮面の恐怖王」(『少年』1959年)、
            「二十面相の呪い」(『小学六年生』1960年)、
            「空飛ぶ二十面相」(『少年』1961年)
(3)翻案・リライト:「鉄仮面」(講談社世界名作全集 1938年)
(4)翻訳:「仮面城秘話」アンドレド・ド・ロルド
(5)映画:「怪人二十面相」1954年
(6)漫画:「怪人二十面相」藤子不二雄 1959年、「百面相役者」東元 2007年



<(その3)「本心」を引き出す道具としての「仮面」>

1.仮面の役目
 人間は仮面をどのような目的に、どのようにに活用してきたか、解説の一例では次のように
述べられています。
  (中村保雄「仮面のはなし」二十一世紀図書館0048 PHP研究所(1984年7月))

 (1)防御手段:外的環境での危害を防ぐ物。(護身用仮面) 霊力や超自然力から防護する物。
 (2)超自然的存在の化現:神、英雄、祖先、精霊など。
 (3)識別の標識:構成社会の集団をまとめる。神事舞踏的演劇用仮面。
 (4)支配の手段:神霊観念による権力の表現。
 (5)派生物:弔葬用仮面、彫像仮面、呪い用仮面。
    以上、ベドヴァン「仮面の民俗学」(1961年・フランス)による。
 また仮面の持つ四つの働きとして

 (1)人間の顔はそれ自体で人間全体となりうる。仮面の顔は全身化され、人格を表現する。
 (2)神に対する人間の象徴的世界。
 (3)人間の内部世界を外部の宇宙論的世界へ結びつける。
 (4)人間の深層の現実を格調高い象徴的表現で造形された物。
    以上、哲学者中村雄二郎『仮面考シンポジウム』第四部による。

2.仮面を活用した米映画の例
 米で制作された「マスク」(The Mask・1994年ダークホースエンタテイメント社制作)という
アニメーション映像を活用した映画があります。スチール画面は(参考資料・その2)参照方。
 この映画の主人公は内気な青年ですが、河の中で拾った仮面には不思議な魔力があり、顔に被ると
同時にその人は本心そのままに大胆に行動できるという空想映画です。仮面によって一人の人間が
本心のままに行動したらどうなるかという空想世界を大変興味深く披露しています。この映画ほど
「仮面は心の内面を引き出す道具」であるということを明確に示しているものはないと思います。

 能の世界でも「能面」が用いられますが、その中に「直面(ひためん)」すなわち面を付けない「素顔」も
「能面」の一種として取り扱われています。「直面」で演じるのは、大変難しいとされています。
 素顔が何かという本質を的確に理解し、かつこれほど厳密に扱っている芸能はないのでは、と言えましょう。

 「直面」を道具としている世界の人々、すなわち映画俳優などは常に「仮面」を被っていることになります。
 一方「面」を付けることによって、「本心」が引き出せるのであれば、多くの人々の集りを幸せな世界へ
導く立場にある人々、たとえば行政に携わる人々こそ、「仮面」を付けて行動して貰いたいと思うところ。

米映画「THE MASK」




(参考資料)江戸川乱歩について

(参考1)江戸川乱歩の略歴
 江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ、江戸川 亂歩)
  (1894年(明治27年)10月21日 - 1965年(昭和40年)7月28日)
   本名 平井 太郎(ひらい たろう)。筆名は米文豪エドガー・アラン・ポーによる。
   大正から昭和期の推理小説家・推理作家。戦後は推理小説専門評論家。
   岩井三郎探偵事務所(ミリオン資料サービス)勤務。
   日本推理作家協会初代理事長。正五位勲三等。

 1894年(明治27年)三重県名賀郡名張町(現・名張市)生まれ。名賀郡役所書記平井繁男・きくの長男。
         (本籍地は津市)武士の家柄、祖先は伊豆伊東(静岡県)郷士。
                    後に津藩の藤堂家に仕え、乱歩の祖父の代まで藤堂家の藩士を勤める。
 1895年(明治28年)父の転勤に伴い亀山町、翌年名古屋市に移住。

          旧制愛知県立第五中学校(現・愛知県立瑞陵高等学校)押川春浪や黒岩涙香の小説を耽読。
          早稲田大学政治経済学部入学。
 1916年(大正5年)大学卒業後、貿易会社社員や古本屋、夜鳴きソバ屋などの仕事を経験。

 1923年(大正12年)『新青年』掲載「二銭銅貨」でデビュー。

          初期は欧米の探偵小説に強い影響を受け本格探偵小説を送り出す。
          岩田準一と通俗的探偵小説を探究し、昭和初年以降当時の一般大衆に歓迎された。
          海外作品にも通じ、翻案性の高い作品もある。

 1936年(昭和11年)少年向けに、明智小五郎と小林少年の少年探偵団が活躍する作品『怪人二十面相』等を
          多数発表。
 
          戦後は評論家、プロデューサーとして活動。探偵小説誌『宝石』編集・経営に携わる。
          日本探偵作家クラブ創立と財団法人化に尽力。私財100万円で江戸川乱歩賞が制定。
          同賞は第3回より長編推理小説の公募賞となる。

 1965年(昭和40年)夏、脳出血のため70歳で死去。


(参考2)江戸川乱歩の生誕地と生誕記念碑
 江戸川乱歩が生誕地である三重県名張の思い出を、書き留めている。
  (出典:作家の自伝90「江戸川乱歩」(株)日本図書センター 1999年4月)

 「本籍が三重県津市である事情は、祖父の代まで藤堂藩の藩士で津市に在住したことによる。
  津市内には平井家の墓や親戚筋が多い。
  父は大阪の関西大学の第一期生で、最初の就職先が三重県名賀郡(名張郡と伊賀郡が合併)の
  郡書記として、名張町に二年在住した。その間、母を津市から迎え、明治27年に平井太郎が生まれた。
  父は亀山町郡役所へ転勤になり、さらに幼年期から中学卒業までは名古屋市に在住。
  在京後は、三重県人会、愛知県人会の両方に所属した。学校を出て、一年ほど三重県鳥羽町の
  造船所に勤務した。

  早稲田大学在学中、大変世話になった同郷選出の代議士川崎克氏の子息川崎秀二君の選挙応援演説の
  ため、(昭和27年9月)57年ぶりに生まれ故郷名張町を訪問し、多くの昔の父平井繁雄家族を見知る
  人々から、昔話を多く聞かされ、ついでに生家跡を見せて貰い、古老の話を聞くことが出来た。
   三重県北部(上野市、現在の伊賀市)選出の改進党代議士川崎秀二君は青年時代川崎家に出入りし、
   お守りまでした。名張町内での選挙演説は町一番の神社(300人収容)で、行う。
   駆けつけてくれた昔なじみの人々:料理旅館業「清風亭」女主人、町一番の「岡村書店」主人。
   富森自転車店主人、「杉の丸」造り酒屋主人。   岡村主人は、田山花袋「名張乙女」持参。

  名張町内の生家は、新町(大通り裏手)にあり、明治27年学校を出たばかりの父が郡役所に月給十円ほどで
  勤めたところ。仮住まいは家賃一円前後で、四間ほどの小さい借家であった。家主は藤堂藩名張城代侍医
  横山文圭で、その医院の裏手に数軒の貸家があった。
  父と父の母の二人住まいへ17歳の母(三重県津市の一身田本願寺(皇族出身住職)裏方へ行儀見習い)が
  嫁入りし、太郎が生まれ、四人家族となる。

  57年振りの生家は別の建物に変わり、横山医院は他所へ移住し、代わりに桝田敏明医院となる。
  辻酒店主人の母親(80余歳)は、横山医師の娘さんで、乱歩の母親より10歳近く年長で、乱歩の母親を
  よく覚えていた。
  大手町の突き当たり、丸の内自治会館は、嘗て乱歩父・平井繁雄の初の就職先である那賀郡役所で
  あった。」(所収冊子:『旅』昭和28年・1953年1月号)

 57年振りの生誕地訪問の後、しばらくして、上述の立ち会い演説会に駆けつけてくれた昔なじみの人々が
寄り集まって発起人になり、「江戸川乱歩生誕の地」記念碑を建立する話が進み、桝田医院の中庭に、
昭和30年11月3日除幕した。江戸川乱歩自ら、夫人と共に、参列している。
 除幕式のおみやげとして、上述の世話人岡村書店主人が、地元の菓子商に提案して、乱歩せんべい「二銭銅貨」
なるものを準備し、今後は名張名物として販売していったとのこと。
 除幕式から56年経った現在、平成21年・2009年2月に江戸川乱歩生誕地碑広場として、名張市へ寄贈された
区画になり、生誕歌碑は観光名所として残っており、乱歩せんべい「二銭銅貨」の瓦煎餅も名物として健在。

(左)除幕式風景(右)江戸川乱歩生誕碑

(左)除幕式に参列した江戸川乱歩夫妻(右)現在の生誕歌碑
 因みに、江戸川乱歩の出生地としての名張市は、怪人二十面相が特別住民票で住民登録されている。
 名張市の話題つくりとして、2004年11月5日に行われた。ただし、「生年月日」は「不詳」で、
「住所」は、架空の所在地が記されているとのこと。わずかに生後足かけ二年、明治27年10月21日から
明治28年6月までしか在住しなかった人物を、「日本の著名な探偵作家」として、誠に特別な扱いと
みなされるところ。逆に、名張市は町おこしに目玉になる著名な人物がなく、全国的な有名人も出ていないので、
せめて江戸川乱歩を僅かな関わりを元に、担ぎ出さざるを得なかったか。
 それよりも能楽の観阿弥の妻は当地名張市小波田出身で、名張で猿楽座(後の観世座)を創座して
猿楽の旗揚げをしたところとして、歴史的および文化的郷土遺産の意義は大きいと思うところ。

 <「面・仮面」につき、江戸川乱歩を敢えて採り上げたのは、筆者の故郷・本籍が三重県名張市による。>

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平成23年9月6日 *** 編集責任・奈華仁志 ***

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