平成社会の探索


ー第80回知恵の会資料ー平成20年9月23日ー

<「知恵の会」への「知恵袋」>


(その22)課題「かぜ(風)」
「日本人の風」

目       次
1.和歌を通して詠まれた「かぜ」
2.風の神の祭事ー二百十日への「風の盆」
<参 考 メ モ>
<その1>「風百人一首」
<その2>日本人が名付けた「風」
<その3>漢字に見る「風」
<その4>清女と公任の「風」

<1.和歌を通して詠まれた「風」>

                <五感による風>
 風は人間の五感に訴えますので、いろいろな自然現象の中でも最も人間に身近な、
また最も敏感に関わる事象と言えましょう。したがって和歌の対象にもなりやすいと
いうことができ、如何様にも「風」を引き合いに出して詠むことが出来るのです。
 風は耳で聞くことが出来て、肌で感じることが出来ると同時に、草木の揺れるに依って
あるいは雲や波の動きなどによって目で見ることもできる上に、風には匂いが含まれて
いるため聴覚、触覚、視覚及び嗅覚までも働かせる天然現象と言うことになります。
 五感と風の関係を列挙しますと次のようになりましょう。
 視覚的:風に揺れる対象物で風を見ることが出来る。
 触覚的:肌で感じることが出来る。
 嗅覚的:風そのものに匂いはないが、香りを運んでくることで、匂いを伴っている。
 聴覚的:風自身は音を立てないが、風が立てる音で聞くことが出来る。

                <季節の風を詠む>
 季節の変り目を何によって知ることが出来るか。日本人は昔から毎日の気温よりも、
身の回りで、目に見える物や感じることが出来る物で季節を感知してきました。
「日本には二千を越える風の名前がある」(久保田淳・馬場あき子「歌ことば歌枕大辞典」
角川書店・平成11年)といわれ、(<参考メモ・その2・風の名前あれこれ>参照方)、
「和歌の世界でも、風が季節や時刻、場所などによって、種々な呼称で詠まれている。」と
見られています。(同上)
 身の回りの生物の変化、雲や空の色、そして最も敏感に眺めてきたものに大気の動き、
すなわち「風」があったわけです。
 日本の四季は風とともにあると言っても過言ではありません。
 春は風薫る新緑、夏の夕涼みに涼を運ぶ風、秋は野分と台風、冬の木枯らしなど四季の
移り変わりは風によってはっきりと分けられているのです。

                <百人一首の風>
 百人一首では風を歌題にした歌は十四首有ります。「ひと・人」や「つき・月」と共に、
最も詠まれることの多い和歌の対象物となっているのです。
  *桜を散らす春の嵐 (96番)、
  *夏の微風や凪、  (97番、98番)、
  *秋風       (71番、79番、94番)
  *紅葉を散らす風  (32番、69番)
  *冬の山風や山颪  (22番、74番)、
  *微風、強風、天津風(12番、37番、48番、58番)
などです。これらの歌をもとにして、「風百人一首」を撰首しますと、後述の
<参考メモ・その1>「風百人一首」となります。

               <和歌の世界の風>
 平安朝の人々に強く感じられたのは、桜や紅葉を散らし季節を変えていく風であり、
特に秋から冬にかけての秋風であったわけです。「百人一首」が三百五十年に渡る
約一万二千首の中から、ある意図を持ってであれ、選定された百首の一割以上が
風に関する歌であるという事は、「日本人の風」に対する感覚が如何に高かったかを
示すものと言えましょう。
 とりわけ、和歌の世界で風が詠み込まれたのは、「風」の醸し出す風景や音によって
いろいろの感情を呼び起こして、自らの思いを述べようとしているからです。
 「風と共に我が思う人が来る」「花を散らし木々を色付かせる」「寒い、又涼しい」
 「さびしい・孤独感・寂寥感」「悲しい・悲哀感・鬱屈感」等々の感情の惹起です。

                <現代日本人の風>
 平成現代では昔ほどに季節の移り変りを風によって感じることが無くなりました。
人事があって季節がそれに伴っているという主客転倒の現代生活習慣の為でしょうか。
すなわち卒業の時期だから、梅や桃が咲いている、入学や就職の時期だから桜が咲いている、
夏休みだから、海へ泳ぎに行く、山へ登る、と言った具合です。一年の中で、風と共に
生活しているという感じを持ち、風を最も意識するのは秋の台風ぐらいではないでしょうか。

 20世紀の終わり頃に、石油危機から、エネルギー問題が起こりました。
 石炭・石油などの化石燃料や原子力などの限界のあるエネルギー源に代わり、
無尽蔵な自然エネルギーの活用として、太陽熱や波力発電に加えて、「風力発電」が
話題になり、すこしずつ巨大なプロペラ鉄塔があちこちに建立されるようになりました。
 「風は神様」の古代の日本人からは、考えられない思想転換です。日本の各地に於ける
風力エネルギーは、必ずしも安定したエネルギー源になるとはとても思えません。
それこそ「神風」が吹いて欲しいと願うばかりですが。「蒙古を撃退する神風」なら、
まだどことなく素朴で、「神懸かり的でロマン」がありますが、文化生活がしたいための
電力が欲しいので「神風さん、吹いておくれ!」というのは、どうみても、人間勝手な
贅沢な望みのように思うのですが、如何なものでしょうか。

 日々の天候は今も昔も地球上の大気の動きである風によって支配されていることには
変りありません。千年前の天候も現代も若干の差はあっても四季の移り変わりに
大差ありません。地球の寿命から見れば千年後も、一万年後も大気の動きは変わることなく、
風に影響を受ける日本の天候は大きく変る事は無いでしょう。大きく変るのはその時代時代に
応じて人が生活環境を変え、感じ方を変るだけのことです。千年後、風に関する日本人の
和歌は残っているでしょうか。台風さえ、人力で管理できるようになれば、もはや
風の世界は日本人の感覚から消えることになるでしょう。

<風の神への祭事ー二百十日への「風の盆」>

                <生活空間の中の風>
 年間を通して、風という天然事象に注意を払い続けるのは何処の民族でも同じでしょうが、
特に島国の日本民族にとっては、毎日の生活環境に密接に関わっていたために、最も
注意を払ってきた事象でしょう。百科事典事項には次のように解説されています。

  <日本列島は世界でも特有の季節風に曝される地域で、地形が東西南北に細長く、
   海岸線も多いので、風の影響を受けやすい、一方で、船の交通が発達していると
   いえる。加えて、夏の終わりから秋にかけては台風の襲来を受けやすく、農作物
   特に稲作への影響は、重大な関心事となっている。
   日本民族が風に強い関心を寄せ、微妙な感覚を身につけ、季節の変化を風に事寄せて
   いろいろに表現するのはその表れである。
   また、風を単なる自然現象と見ないで、目に見えない霊的な物の去来と見なしてきた。>

                 <神としての風>
 生活空間への風の進入には、昔から人々が注意した事象です。
 奈良の盆地一帯についてみると、西南端地区に風の神として「龍田大社」が鎮座していて、
6月28日から7月4日に風神祭(風鎮祭)は、天武帝の時代より、執り行われているという。
 熊本県の阿蘇神社も龍田大社と同じ日に風雨の占いを行うとのこと。
 また奈良盆地の南西地区・葛城の里でも旧高野街道沿いに風の森峠(標高280m)があり、
付近には、風の神である級長津彦(しなつひこ)・級長戸辺(しなとべ)を祭った風森神社が
あります。

  <古代には「風は霊的な物」となり、神の出現には風を伴う物と信仰され、神無月に
   神々が出雲へ旅立つとき、あるいは、霜月の<大師講吹き>などと称されていた。
   中世では、神そのものの「神風」ともなる。
   「風邪」の悪疫流行には<かぜの神送り>行事として、わら人形が焼き捨てられる。
   風を霊的な物に扱うものとして、「たま風」(魂風)、「風の又三郎」は東北地方の
   妖怪で、新潟では「風の三郎様」で、風の神として祭られる。
   富山県西部には風の神を祭る「風神堂」の小祠が集中している。>

                <神への祈りと先祖供養>
 富山市(旧富山県婦負郡八尾町)で行われる「風の盆」は、「風のない平穏な実りの秋を
祈る」風の神おくりと先祖の霊供養盆踊りが一緒になった民俗芸能で、「二百十日の嵐除け」で
五穀豊穣を願う祭事になります。
 お盆のあと、9月1日、2日、3日と3日間続いて町中で夜を通して踊りが続けられる
「風の神への祈り」を込めた独特の民族風習です。一年の中で、四季折々に感じてきた日本人の
風に対する感性の中でも最も緊張した時節にあたる民族行動ということができましょうか。

 「おわら風の盆」は、越中おわら節の哀切に充ちた旋律(注1)に乗って、坂の多い町の
道筋(注2)で、無言の踊り手たち(注3)が町流し(注4)で夜半過ぎまで踊り続けている。
 2万人ほどの町の人口が毎年3日間で約30万の観光客で溢れるという。(注5)

(注1)「おわら節」の起源は西日本の舟唄が起源とか、他に諸説あるが、大正二年頃
    レコードに吹き込まれ、民謡でも難曲のものとして知られるようになった。
    近世に江尻調と言われる今日のおわら節の節回しが完成したとされる。
    昭和の初め、画家小杉放庵が「八尾四季」を創り、舞踏家若柳吉三郎が振り付けて
    「新踊り」が定着したという。
    唄と演奏を担っているのが「地方(じかた)」といい、
    「唱い手」:数人の音頭の謡で、息継ぎなしに言葉の小節をうねらせる歌い方は
          難曲の民謡。
    「踊り手」:囃子言葉を挟みながら、舞いあるく数人から数十人の集団。
          女踊り子ー浴衣、黒繻子帯、菅笠姿。男踊り子ー法被に菅笠被り姿。
    「三味線」:中棹の地唄三味線
    「太鼓」:小型の「しめ太鼓」
    「胡弓」:明治末期から使われ始めた馬の毛の弓で哀調を帯びた旋律を響かせる。
(注2)八尾町は、井田川岸・崖上の丘陵斜面に沿って細長く延びた町並みで、嘗ては
    街道交通の拠点として栄えた町である。

(左)富山県富山市域南部周辺地図(右)八尾町の地図

(左)井田川「禅寺橋」より見上げた八尾町の家並み(右)町流しの場所への坂道
(注3)おわら節の踊り手たちは男も女も編み笠で顔を隠しているので、踊り手の
    優雅で情緒深い手や腰の挙動に見とれてしまうように工夫されていると言えよう。
 (1)踊りの場所別
    「町流し」:地方の演奏と共に踊り手が町を練り歩くもの
    「輪踊り」:地方を中心に踊り手たちが輪を作って踊るもの
    「舞台踊り」:演舞場での競演会、各町の特設ステージで踊るもの。
 (2)時代別
    「豊年踊り」(旧踊り):古くから、盆踊りの一種と考えられる。男女混合。、
           明治末期より、踊り継がれていて、観光客向けや、学校の運動会でも
           採りあげられるという。
    「新踊り」:「男踊り」「女踊り(四季おどり)」に分かれる。昭和初期に
          日本舞踊家若柳吉三郎が振り付けのもの。
          「男踊り」は大きな所作で勇猛に踊る。「女踊り」は艶っぽく
          上品に踊る。

(左)豊年踊り(中)男踊り(右)女踊り

(左)東町町内ステージでの舞台踊り(右)町民広場での舞台踊り

(左)女踊りと男踊り混合(右)編み笠で顔を覆い、踊りの優美さを強調する
(注4)風の盆の主役は、八尾町11町の住民で、
     東町、西町、今町、上新町、鏡町、下新町、諏訪町、西新町、東新町、天満町、福島
   それらの連絡協議会的構成として「富山県民謡・越中おわら保存会」が結成されて
   いるが、あくまでも横の連絡機構である。
(注5)「おわらブーム」の起こり
   1985年 高橋治の小説「風の盆恋歌」が発表され、テレビドラマ、演劇化される。
   1989年 石川さゆり「風の盆恋歌」発表される。
   その他、「風の盆」を採りあげたミステリ文芸作品は、
         内田康夫「風の盆幻想」、西村京太郎「風の殺意・風の盆」、
         和久俊三「越中おわら風の盆殺人事件」など。

<(参考メモ・その1)「かぜ」百人一首>

● 百人一首歌ーーーーーーーーーーーーーーーーーー14首     万葉集( 6)   古今集(23)
○ 百人一首歌人の「風」和歌ーーーーーーーーーーー64首   後撰集( 7) 後拾遺集(10)
★ 百人一首歌関連の和歌あるいは関連歌人の歌ーーー19首  新古今集( 9)   その他(15)
◆ 百人一首歌似せ和歌(偐百人一首歌人)ーーーーー 3首   私家集(26)  偐和歌( 3)

第 1番 ★君待つと我が恋ひ居ればわが宿の簾動かし秋風の吹く
           額田王 万葉集・巻4−488
      (注)近江天皇を思ひて作る歌一首
第 2番 ★風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ 
      鏡王女 万葉集・巻4−489
      (注)夫藤原鎌足の没後、待つ人の居ないわが身で、額田王を羨む
第 3番 ○ささの葉はみやまもさやにさやげどもわれはいも思ふ別れ来ぬれば 
       柿本人麻呂 万葉集・巻2−133
第 4番 ○朝凪(あさなぎ)に楫(かじ)の音(と)聞こゆ 御食(みけ)つ国
        野島の海人(あま)の船にしあるらし
          山辺赤人 万葉集・巻六ー934
第 5番 ★大野山霧立ち渡る我が嘆くおきその風に霧立ち渡る
      山上憶良 万葉集・巻五ー799
      (注)猿丸大夫に代わる万葉集の歌人
第 6番 ○我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも 
      大伴家持 万葉集・巻19−4291
第 7番 ◆天の原吹き来る東風にことづてよ奈良の都の梅の香りを
      安倍仲麿代錦生如雪 知恵の会への智恵袋より
第 8番 ★宇治の山雲吹き払ふ秋風に都の巽月もすみけり
      喜撰法師代後鳥羽院 後鳥羽院御集ー1648
      (注)「宇治山」「都の巽」を織り込む。  
第 9番 ○秋風にあふ田の実こそ悲しけれわが身空しくなりぬとおもへば
      小野小町 古今集・巻十五・恋五ー822
第10番 ★逢坂の嵐の風は寒けれど行方知らねばわびつつぞ寝る
      蝉丸代よみ人知らず 古今集・巻十八・雑下ー988
      (注)「逢坂の関」の風を詠む。 
第11番 ★甲斐が嶺を嶺越し山越し吹く風を人にもがもや言づてやらむ
      参議篁代読み人知らず 古今集・巻二十・東歌ー1098
      (注)「島越しのひとづて」に代わって「山越のひとづて」を詠む。 
第12番 ●天つ風雲の通ひ路吹き閉じよをとめの姿しばしとどめむ 
      良岑宗貞(僧正遍昭) 古今集・巻十七・雑上ー872
第12番 ○花の色は霞みにこめて見せずとも香をだに盗め春の山風
      良岑宗貞(僧正遍昭) 古今集・巻一・春上ー91
第13番 ★いはで思ふこともありその浜風に立つ白波のよるぞ寂しき
      陽成院代よみ人しらず 後撰集・巻十・恋二ー690
      (注)生涯に一首しか残していない帝の和歌代理人は読人不知 
第14番 ○今日櫻しづくにわが身いざぬれむかごめにさそふかぜのこぬまに
      河原左大臣 後撰集・巻二・春中ー56
第15番 ○春日山朝ゐる雲の風をいたみ猶予情われはもたらし
      仁和御集(光孝天皇)ー15
第16番 ○春の着る霞の衣緯(ぬき)をうすみ山風にこそ乱るべらなれ
      在原行平朝臣 古今集・巻一・春上ー23
第17番 ○ゆきかへり空にのみしてふることは我がゐる山の風早みなり 
      在原業平 古今集・巻十五・恋五ー785
第18番 ○秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる 
      藤原敏行 古今集・秋上ー169
第19番 ○世の中はいさともいさや風の音は秋に秋そふ心地こそすれ
      伊勢 後撰集・巻一七・雑三ー1293
第20番 ○風吹けば身を越す波の立ち帰り憂き世の中をうらみつるかな
      元良親王集ー57
第21番 ○秋風に山の木の葉のうつろへば人のこころもいかがとぞ思ふ
      素性法師 古今集・巻十四・恋四ー714
第22番 ●吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ 
      文屋康秀 古今集・巻五・秋下ー249
            (注)清少納言も「野分」に関心があり枕草子で引用している。
         (参考メモ・その4参照方)
第23番 ○もみぢ葉を風に任せて見るよりもはかなきものは命なりけり 
      大江千里 古今集・巻十六ー859
第24番 ○東風吹かば匂ひおこせを梅の花主なしとて春を忘るな 
      贈太政大臣(菅原道真) 拾遺集・巻16・雑春ー1006
第25番 ○咲き匂ふ風待つほどの山桜人の世よりはひさしかりけり
      三条右大臣 三条右大臣集ー34
第26番 ★秋風の打ち吹くからに山も野もなべて錦におりかへすかな
      貞信公代読み人知らず 後撰集巻七・秋下ー388 
      (注)もみぢの詠みを引用      
第27番 ★都出でて今日みかの原泉川川風寒し衣かせ山
      中納言兼輔代よみ人知らず 古今集・巻九・羇旅ー408
      (注)歌人としての兼輔より百人一首歌の歌詞より撰首
第28番 ○そへてやるあふぎの風のこころあらばわがおもふひとのてをなはなれそ
      源宗于朝臣 宗于集ー13
第29番 ○夏と秋とゆきかふ空のかよひぢはかたへ涼しき風や吹くらむ 
      凡河内躬恒 古今集・巻三・夏ー168
第30番 ○風吹けば峯にわかるる白雲のたえてつれなき君がこころか 
      壬生忠岑 古今集・巻十二ー601
第31番 ○わするなよわかれぢにおふる葛の葉の秋風ふかば今かへりこん
      坂上是則 是則集ー41
第32番 ●山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬもみぢなりけり 
      春道列樹 古今集・巻五ー303
第33番 秋風は身を分けてしも吹かなくに人の心の空になるらむ
      紀友則 古今集・巻十五・恋五ー787
第34番 ○山風に花のかかどふふもとには春の霞ぞほだしなりける
      藤原興風 後撰集・巻二・春中ー73
第35番 ○袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ 
      紀貫之 古今集・巻1−2
第36番 ○いはで思ふこともありその浜風に立つ白波の寄るぞわびしき
      清原深養父 深養父集ー51
第37番 ●白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞちりける
       文屋朝康 後撰集・巻六・秋中ー308
第38番 ★風吹けば沖つ白波たつた山よはには君がひとりこゆらむ
      右近代読み人知らず 古今集・巻18・雑下ー994
      (注)「人の命のおしく」思う心より
第39番 ★秋風の吹きにし日より久方の天の河原に立たぬ日はなし
      参議等代読み人しらず 古今集・巻四・秋上ー173
      (注)「あまりてなどか人の恋しき」心映えを代読
第40番 ○むめが香を頼りの風や吹きつらむはるめづらしく君がきませる
      平兼盛 後拾遺集・巻一・春上ー50
第41番 ○秋風に関吹きこゆる度毎に声打ち添ふる須磨の浦波
      壬生忠見 忠見集ー8
第42番 ○おもひきや秋の夜風の寒けきにいもなき床に一人寝むとは
      清原元輔 後拾遺集・巻十五・雑一ー890
第43番 ○風にしも何か任せん桜花匂ひあかぬに散るはうかりき
      藤原敦忠 後撰集・巻三・春下ー106
第44番 ○我が宿の梅が枝に鳴く鶯は花の便りに風をとめこし
      中納言朝忠 朝忠集ー41
第45番 ○かぎりとてながむる空に木枯らしの風吹きはつる明日やまたるる
      藤原伊尹 一条摂政御集ー72
第46番 ★秋風にあへず散りぬるもみぢ葉の行くへ定めぬ我ぞ悲しき
      曽祢好忠代読み人しらず 古今集・巻五・秋下ー286
      (注)「行くへ定めぬ」心の詠み
第47番 ○浅茅原玉まく葛の浦風のうらがなしかる秋はきにけり
      恵慶法師 後拾遺集・巻四・秋上ー236
第48番 ●風をいたみ岩打つ波のおのれのみ砕けてものを思ふころかな
      源重之 詞花集・巻七・恋上ー211
第49番 ★風吹けば藻塩のけぶりかたよりになびくを人のこころともがな
      大中臣能宣代藤原親隆 詞花集・巻・ー228
      (注)能宣百人一首歌のお隣歌人の歌より
第50番 ○秋はなほ夕まぐれこそただならぬ荻の上風萩の下露
      藤原義孝 義孝集ー4
第51番 ○浦風になびきにけりな里のあまのたくものけぶり心よわさは
      藤原実方朝臣 後拾遺集・巻十二・恋二ー706
第52番 ○あふさかの関の関風身にしみて関の名立てに音をぞなきぬる
      藤原道信朝臣 道信集ー49
第53番 ★来ぬ人を待つ夕暮れの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ
      右大將道綱母代読み人しらず 古今集・巻十三・恋三ー777
      (注)「いかに久しき」百人一首歌より「いかにわびし」歌を代読
第54番 ◆忘れじの行く末まではかたからむ吹き行く野辺の秋風のごと
      儀同三司母代錦生如雪 知恵の会への知恵袋より
第55番 ○風ふけばまづやぶれぬるくさのはによそふるからにそでやつゆけき
      前大納言公任 後拾遺集・巻二十・雑六ー1189
第56番 ○秋ふくは如何なる色の風なれば身にしむばかり哀れなるらむ 
      和泉式部 詞花集・巻三・秋ー107
第57番 ○おほかたに荻の葉すぐる風の音も憂き身ひとつにしむここちして 
      紫式部代明石の君 源氏物語・野分ー386
第58番 ●有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人をわすれやはする 
      大弐三位 後拾遺集・巻十二・恋二ー709
第59番 風はただおもはぬ方に吹きしかどわたの原たつ波もなかりき
      赤染衛門 後拾遺集・巻十六・雑二ー935
第60番 ★草の原いくのの末にしらるらん秋風ぞ吹く天橋立
      小式部内侍代順徳院 建保名所百首ー1009
      (注)「いくの」「天橋立」の詠み込みより 
第61番 ○つもるらん塵をもいかで払はましのりのあふぎの風のうれしさ
      伊勢大輔 後拾遺集・巻十七・雑三ー1184
第62番 ○たよりある風もや吹くとまつしまに寄せて久しきあまのはしふね
      清少納言 清少納言集ー22
第63番 ★玉葛今は絶ゆとや吹く風の音にも人の聞こえざるらむ
      左京大夫道雅代読み人しらず 古今集・巻十五・恋五ー762
     (注)「思ひ絶えなむ」こころより
第64番 ○ふるさとの板間の風に寝覚めして春の嵐をおもひこそやれ
      中納言定頼 千載集・巻17・雑中ー1098
第65番 ○さみだれの空懐かしくにほふかな花橘に風やふくらん
      相模 後拾遺集・巻三・夏ー214
第66番 ○やまおろしの身にしむ風のけはしさにたのむ木の葉も散り果てにけり
      前大僧正行尊 行尊大僧正集ー6
第67番 ★かねてより風に先立つ波なれや逢ふことなきにまだき立つらむ
      周防内侍代読み人しらず 古今集・巻十三・恋三ー627
      (注)「かひなくたたむ名」の惜しさのこころを
第68番 ★心にもあらで憂き世の老の波身は捨て船のすゑの浦風
      三条院代三条西実隆 雪玉集・巻18・浦舟ー8080 
      (注)「心にもあらで憂き世の」歌詠みより
第69番 ●嵐吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり
      能因法師 後拾遺集・巻五・秋下ー366
第70番 ◆さびしさに宿を立ち出でてながむればいずこも同じ秋風ぞ吹く
      良暹法師代錦生如雪 知恵の会への知恵袋より
      (注)「秋の夕暮れ」も「秋風」も同じ様な風景描写
第71番 ●夕されば門田の稲葉訪れて葦のまろやに秋風ぞ吹く
            大納言経信 金葉集・巻三・秋ー183
第72番 ○音に聞く秋のみなとは風に散るもみぢの船のわたりなりけり
      祐子内親王家紀伊 祐子内親王家紀伊集ー4
第73番 ○花とみし人はほどなく散りにけりわが身も風を待つとしらなん
      前中納言匡房 千載集・巻9・哀傷ー570
第74番 ●憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを 
      源俊頼朝臣 千載集・巻十二ー708
第75番 ○ちとせまで契りしことを忘れずは蔦の葉風に思ひ出でよ君
      藤原基俊 基俊集ー100
第76番 ○風吹けば玉散る荻の下露に儚く宿る野辺の月かな
      法性寺入道前関白太政大臣 田多民治集ー224
第77番 ○いつしかと荻の葉むけのかたよりにそそや秋とぞ風もきこゆる
      崇徳院御製 新古今集・巻4・秋上ー286
第78番 ○真葛原もみぢの色のあか月にうらかなしかる風の音かな
      源兼昌 永久百首ー229          
第79番 ●秋風にたなびく雲の絶え間より洩れ出づる月の影のさやけさ 
      左京大夫顕輔 新古今集・巻四・秋上ー413
第80番 ○宿近く奥手の稲葉打ち靡きあはれ身にしむ風の音かな
      待賢門院堀河 待賢門院堀河集ー39
第81番 ○秋来ぬとおどろかれけり窓近くいささ叢竹風そよぐ夜は
      後徳大寺左大臣 林下集ー88 
第82番 ○嵐吹く比良の高嶺のねわたしにあはれ時雨るかんな月かな
      道因法師 千載集・巻6・冬ー410
第83番 ○夕されば野辺の秋風身に浸みて鶉鳴くなり深草の里
      皇太后宮俊成 千載集・巻四・秋上ー259
第84番 ○塩竈の浦吹く風に霧晴れて八十島かけてすめる月影
      藤原清輔朝臣 千載集・巻4・秋上ー285
第85番 ○秋風の身に寒き夜の独り寝はぬしさだまらぬ物をこそ思へ
      俊恵法師 林葉集ー第五・恋ー704
第86番 ○津の国の難波の春は夢なれや葦の枯れ葉に風わたるなり 
      西行 新古今集・巻六・冬ー625
第87番 ○むらさきの雲路に誘ふ琴のねに憂き世をはらふ峯の松風
      寂蓮法師 新古今集・巻20・釈教ー1937
第88番 ★待ちかねて小夜も吹飯の浦風に頼めぬ波の音のみぞする
      皇嘉門院別当代二条院内侍三河 千載集・巻14・恋四ー879
      「仮寝の一夜」の風情より
第89番 ○窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとど短きうたた寝の夢 
      式子内親王 新古今集・夏ー256
第90番 ○秋風に恨みわたりし葛の葉のなほあかずとや色ことになる
      殷富門院大輔 殷富門院大輔集ー69
第91番 ○空はなほかすみもやらず風さえて雪げに曇る春の夜の月
      藤原良経 新古今集・巻1・春上ー23
第92番 ○山高み峯の嵐に散る花の月にあまぎる明け方の空
      二条院讃岐 新古今集・巻2・春下ー130
第93番 ○吹く風はすずしくもあるかおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり
      鎌倉右大臣 金槐和歌集ー189
第94番 ●み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり 
      参議雅経 新古今集・巻五ー483
第95番 ○野辺の露は色もなくてやこぼれつる袖よりすぐる荻のうは風
      前大僧正慈円 新古今集・巻十五・恋五ー1338
第96番 ●花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり 
      入道前太政大臣 新勅撰集・巻十六・雑一ー1052ー
第97番 ●来ぬ人を松帆の浦の夕凪に焼くや藻塩の身もこがれつつ 
      権中納言定家 新勅撰集・巻十三・恋三ー849
第98番 ●風そよぐならの小川の夕暮れはみそぎぞ夏のしるしなりける 
      従二位家隆 新勅撰集・巻三・夏ー192
第99番 ○我こそは新島守よおきの海のあらき波風こころして吹け 
      後鳥羽院 遠島御百首・雑歌・第八首 
第 百番  ○ももしきや花も昔の香をとめてふるき梢に春風ぞ吹く
        順徳院 新千載集・巻二・春下ー102
       (注)「ももしき」に「むかし」を求めて止まぬ順徳院

番外歌  (注1)古今和歌集の「風男」紀貫之の「かぜ集」
        花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべには遣る 巻1・春上ー13
        桜花とくちりぬとも思えず人の心ぞ風もふきあへぬ 巻2・春下ー83
        山高み見つつ我がこし桜花風は心にまかすべらなり 巻2・春下ー87
        桜花散りぬる風のなごりには水無き空に波ぞ立ちける 巻2・春下ー89
        吉野川岸の山吹吹く風にそこの影さへうつろひにけり 巻2・春下ー124
              秋風の吹きにし日より音羽山峯の梢も色つきにけり 巻5・秋下ー256
     (注2)「かぜ」の帝王崇徳院、「風」歌を勅撰集に自ら「千載」している。
        春の夜はふきまふ風のうつり香を木毎に梅とおもひけるかな 巻1・春上ー25
        たづねつる花の辺りになりにけりにほふにしるし春の山風  巻1・春上ー41
        玉よする浦わの風に空晴れて光をかわす秋の夜の月 巻4・秋上ー282
        もみぢばの散りゆく方を尋ぬれば秋も嵐の声のみぞする 巻5・秋下ー381
        夜をこめて谷のとぼそに風寒みかねてぞしるき峯の初雪 巻6・冬ー446
        吹く風も木々の枝をばならさねど山は久しき声きこゆなり 巻10・賀ー622

<(参考メモ・その2)日本人が名付けた「風」>

1.季節別の名称  春風 秋風 木枯らし しまき(暴風) 野分 (台風) 嵐 
          山颪(筑波おろし、那須おろし、赤城おろし、六甲おろし)
          「空っ風」(冬の冷たく乾燥した強風)
          「雁渡し(青北風)」(雁が渡っていく時期に吹く北風)
          「だし・出し風」(船出に適した陸から海に吹く風、4〜10月日本海側、
                   清川だし・庄内地方、荒川だし・新潟県北部、
                   寿都のだし風・北海道後支支庁)
          「たま風・たば風(魂風)」(冬北日本海側で吹く北よりの風)
          「ならひ・ならい」(東日本の太平洋側で冬に吹く風)
          「涅槃西風・彼岸西風・彼岸荒れ」(涅槃会2月15日頃吹く北西季節風)
          「はやて・早手・疾風・陣風」(寒冷前線の通過に伴う風、春のはやては
                         春疾風・春荒(しゅんこう)・春嵐)
          「春一番・春一」(立春後初めて吹く暖かい南よりの強風、
                   春二番、春三番と続いていく)
          「ひかた」(日本海側で、夏の南よりの強風、北海道ではフェーン)
          「平野風・ひらのかぜ」(奈良・三重県境高見山西麓に冬吹く強風)
          「比良の八講荒れ・比良八講」(陰暦2月24日頃、比良山地から
                   琵琶湖西岸に吹き下ろす強風で、寒気のぶり返しとなる。)
          「星の入東風・ほしのいりこち」(陰暦10月頃、<すばる>が見える頃
                   吹く、初冬の北東風で、中国地方や畿内の人のことば)
          「まじ・まぜ・真風」(櫻まじ、油まじ、送南風など)
                  (瀬戸内海から伊豆地方の太平洋岸での春から夏にかけて
                   弱い南よりの季節風)
          「まつぼり風」(阿蘇火口原の冷気が立野から熊本平野へ吹き出す春や秋の
                  強風、まつぼりとは、<余分、へそくり>などのこと)
          「山背・やませ」(山を吹き越えてくるフェーンの夏の強風、北日本や
                   三陸地方で、初夏から盛夏にかけてオホークツ海高気圧に
                   伴って吹く冷湿な北東風で、凶作風とされる)

2.時刻別の名称  朝風 朝けの風 夕風 夜風

3.風向き別の名称 東風(こち・あゆ) 西風 北風 西北風(あなし)
          「あいの風」(夏日本海側で吹く北よりの風)
          「あお嵐」(若葉の頃に吹く南風)
          「あなじ(あなぜ)」(冬、西日本で吹く強い北西季節風ーあなじの八日吹き)
            (注)大和や和泉地方で風の神を祭る神社として「穴師神社」あり。
          「油風(あぶらまじ、あぶらまぜ)」(四月頃、南よりのおだやかな風)
          「いなさ」(東日本、関東の海からの南東乃至南西風)
          「送南風」(盆の精霊送り後の南風)
          「貝寄せ風」(春に吹く西よりの季節風)
          「神渡し(神立ち風)」(神無月に吹く西風)
          「高西風(たかにしかぜ)」(関西以西地区で10月頃吹く西風)
          南風(はえ)(山陰、西九州地区での南風)・黒南風、荒南風、白南風

4.場所別の名称  野風 山風 谷風 川風 浦風 浜風 波風 沖つ風 ねわたし
          松風 葉風 梅風 荻風 山家風 田家風
          「オロマップ」(北海道日高山脈南麓の強風)
          「下り」(北陸地方以北で吹く南よりの風)
          
5.和歌・枕詞の名称   神風 天つ風 
  
6.その他     はやち(疾風) はやて(疾風) (以上、平凡社「世界大百科事典」より)

<(参考メモ・その3)漢字に見る「風」>

 大陸の環境の中から生まれた風は、次のようないろいろの漢字になっています。
  風 嵐 瘋 諷 颪 颯 颱 颶 飄 飃 飆 など

 以上の大陸から輸入した「風」群では、足らなくなって、国字を
用いています。風に関する国字と言えば、次のような字が出来上がっています。

  凩(こがらし)木を枯らせる風だから、風の中の「I」が取り去られた。
  凪(なぎ)  風が止まるから、几+止だが、「J」でもよさそう。
  颪(おろし) 山の上から下におりてくる風で、下+風。

 一方漢字の世界では、いろいろの「風」の種類が文字でのこされています。

<(参考メモ・その4)清女と公任の「風」>

(1)「枕草子」第197〜200段の「風」の「ものはづくし」
   第197段 風は嵐。三月頃の夕暮れに雨気を含んだ風が緩やかに吹いてきたのは
         情趣もひとしお。
   第198段 八、九月頃の雨交じりの風もまたいいものだ。
   第199段 九月末から十月初め頃、曇り空に風の激しく、黄色い木の葉の
         ほろほろと散る様は誠に風情あるもの。
   第200段 野分のあくる朝は誠に心にしみる眺めだ。
         ・・・・女が嵐の後の心しむながめを打ち見やって古今集にある
         「吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらん」
         という歌を口ずさんでいる・・・・
(2)「和漢朗詠集」巻下・風
   401番歌 秋風の吹くに付けてもとはぬかな荻の葉ならば音はしてまし
         (後撰集 恋四 中務)
   402番歌 ほのぼのと有明の月の月影に紅葉吹き下ろす山颪の風 
         (新古今集 冬 源信明朝臣)

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(万葉歌人名:栗木幸麻呂)


平成20年8月31日   *** 編集責任・奈華仁志 ***

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