平成社会の探索


ー第57回知恵の会資料ー平成17年9月4日ー


<「知恵の会」への「知恵袋」>


(その1)「見る」「見ゆ」主題への「歌詞世界」
(「見」語義関連分野例:百人一首世界と小学唱歌)

<百人一首の「見・み」の歌詞について>

1.百人一首の中の動詞について
   (1)総数  258語 (複合動詞、繰り返し使用を含む)
   (2)一首中の動詞の数 
           6語   1首 第89番歌 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(注1)
             5語   3首 第10,16,59番歌 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(注1)
            4語  14首 第6〜97番歌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(注2)
           3語  34首 
           2語  33首
            1語  15首 (濡、寝、乱染、取敢、見、散、思、忘、匂、立、 吹、祈、漕、戦、有)
   (3)動詞の種類と使用頻度 
          19回 思  16回 見   13回 知  9回 有出 7回  逢立 6回 寝吹
            5回 五字  4回以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(注3)
       
2.百人一首の中の「見」について
  (1)「見」の種類(数字は該当する歌番号を示す)

        動 詞     活用      未然形    連用形      終止形    連体形    已然形     命令形

       (他動詞)    マ行        み        み            みる       みる      みれ       みよ
         見る      上一段      60     27,43,57,59,84      ー         31      4,6,7,23,76      ー

       (自動詞)    ヤ行        え          え           ゆ        ゆる       ゆれ      えよ
        見ゆ       下二段    47,92         30          ー          ー          ー         ー

       (他動詞)    サ行        せ          せ          す        する       せれ     せよ
         見す      下二段      90          ー           ー          ー        ー        ー

 (2)活用形別の意味合い
  (その1)「見る」

   <1>未然形  
    60番歌 「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」       小式部内侍
         イ。確認する、受け取るなど・・・・文も見ず
         ロ。経験する・・・・・・・・・・・踏みもみず

   <2>連用形 
    27番歌 「みかの原湧きてながるるいづみ川いつ見きとてか恋しかるらむ」     中納言兼輔 
          男女の逢うこと・・・まだ一度もあっていない、一度逢ってまた恋しくなる
    43番歌 「逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔は物をおもはざりけり」       権中納言敦忠
         男女が深い関係になった後、益々恋しくなる。
    57番歌 「めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな」      紫式部
         出会って旧交を温めること(世話をすること)
    59番歌 「やすらはで寝なましものを小夜更けてかたぶくまでの月を見しかな」     赤染衛門
         傾く月を見る時間まで待つこと
    84番歌 「ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき」      藤原清輔
         辛いと思った過去のこと

   <3>連体形
    31番歌 「朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪」         坂上是則
         思われること(錯覚に陥る、勘違いする、思い違いする)
         *(参考メモ)是則の「見るまでに」詠法活用例・・・・・・・・・・・・・・・・・(参考メモその2)

   <4>已然形
     4番歌 「田子の浦に打ち出て見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」     山部赤人
         見渡すと(行動してみると、試みてみると)
         *(参考メモ)赤人の「打ち出見」詠法活用例・・・・・・・・・・・・・・・・・・(参考メモその1)
     6番歌 「かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける」      中納言家持
         認識した状態から判断すると
     7番歌 「天の原振りさけ見れば春日なる三笠の山に出し月かも」         安倍仲麿
         はるか遠く望むこと(想像すること)
    23番歌 「月見ればちぢに物こそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど」     大江千里
         眺めると(見る対象物に刺激されて心情が揺り動かされて)
    76番歌 「わたの原こぎ出て見ればひさかたの雲居にまがふ沖つ白波」法性寺入道前関白太政大臣
         第4番歌に同じ

 (その2)「見ゆ」

   <1>未然形
    47番歌 「八重葎茂れる宿の寂しきに人こそ見えね秋はきにけり」         恵慶法師
         訪れてこない(目に映らない、見つけることができない)
    92番歌 「わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそしらね渇く間もなし」       二条院讃岐
         見えない(目に映らない)

   <2>連用形
    30番歌 「ありあけのつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし」        壬生忠岑
         無情に見えたこと(感じられたこと)


(3)平安人(上代人)の「見」の概念の広さ、深さ、豊かさ
                       (語義は古語辞典「古語林」(大修館書店)による)

 (その1)歌詞「見る」の活用

            語義分類        語 義 解 説                    百人一首の適用事例
            1         実際に目で見る、会う、眺める、見物する        59 4 76
             2         見て察する、判断する、知る、占う、読む           6 (7) 23 31  57 60
             3         ある場面に出会う、経験する、出会す              (6) 7 (57)  (59) 60
             4         男女が関係を結ぶ、夫婦になる、妻とする       27 43
             5         相手の様子を見る、世話をする、面倒を見る     57
             6         〜と思う、〜と考える                               31 84
             7         ために〜する、〜してみる                           (4)(76)

 (その2)歌詞「見ゆ」の活用

           語義分類              語 義 解 説                              百人一首の適用事例
            1            自然に目に入る イ、目に映る、見える            (47)(92)
                                                 ロ、〜と思われる                  30
                                       ハ、見馴れる、よく見かける   
            2            人に見られる  イ、見られる                         (30)
                                      ロ、会う、結婚する、連れ添う 
                                      ハ、姿などを見せる                 47
            3            見ること・見つけることが可能、下に打ち消し      
                          の語を伴って見ることが出来ない                    (47)92

3.近代人(現代人)の「見」の限定使用と平淡さ
 (1)小学唱歌にみる「見」の歌詞ー「見」が重要な歌詞になっている唱歌例  
                    (参考資料:堀内敬三・井上武士 「日本唱歌集」岩波文庫・351)

 (その1)4番歌、7番歌、76番歌の世界
    <1>「さくら」    日本古謡           さくらさくら 弥生の空は 見渡す限り 霞か雲か
                           にほひぞいづる いざやいざや 見に行かん 
    <2>「おぼろ月夜」高野辰之・岡野貞一 菜の花畠に入り日薄れ 見渡す山の端霞深し
                      春風そよふく空を見れば 夕月かかりて
                      にほひ淡し
 (その2)23番歌の世界
    <3>「うさぎ」     わらべうた           うさぎうさぎ何見てはねる 十五夜お月さま見てはねる

 (その3)6番歌、7番歌の世界
    <4>「めだかの学校」茶木滋・中田喜直 めだかの学校は川の中 そっとのぞいて
                      見てごらん そっとのぞいて見てごらん
                                            みんなでおゆうぎしているよ
    <5>「海」     文部省唱歌        松原遠く消ゆるところ 白帆の影は浮かぶ 
                          干し網浜に高くして  鴎は低く波に飛ぶ
                          見よ昼の海  見よ昼の海


 (2)「見」が入った歌詞のある唱歌例         (参考資料:同上)    

   (その1)他動詞「見る」の未然形(一例)、連用形(三例)、命令形(一例)
    <1>「花」 武島羽衣・滝廉太郎    見ずやあけぼの・・・見ずや夕暮れ・・・
    <2>「赤とんぼ」三木露風・山田耕筰   負われて見たのは・・・
    <3>「野ばら」ウェルナーほか・近藤朔風  ・・・見よや人々美しき・・・
    <4>「花の街」江間章子・団伊玖磨   美しい海を見たよ・・・
    <5>「花かげ」大村主計・豊田義一   十五夜お月さま見てたでしょう・・・

  (その2)自動詞「見える」未然形(二例)、連用形(一例)、連体形(二例)
    <1>「砂山」北原白秋・中山晋平(または、北原白秋・山田耕筰) ・・・もう誰も見えぬ・・・
    <2>「出船」勝田香月・杉山はせを       舟は見えねど  ・・・・
    <3>「鯉のぼり」作詞作曲不詳     舟をも呑まん様見えて・・・
    <4>「茶摘み」作詞作曲不詳      あれに見えるは茶摘みじゃないか・・・
    <5>「汽車」作詞作曲不詳       近くに見える町の軒・・・

 近代あるいは現代詩人世界に「見」の世界の広がりを探索し、これからの詩歌の世界に「こころの」「見」の
世界の発掘も期待したい。
 物理的な「目でみる」「見」の世界から、「心でみる」「見」の日本語の世界を失わないように、和歌に、
歌謡に残して行きたいところです。

                                                              (以   上)

(注1)関連する百人一首歌 
    第89番歌 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする  式子内親王
         第10番歌 これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関        蝉 丸
         第16番歌 立ち別れ因幡の山の峯に生ふるまつとしきかば今帰り来む    中納言行平
         第59番歌 やすらはで寝なましものを小夜更けて傾ぶくまでの月をみしか  赤染衛門

(注2)一首中に4動詞を含む歌の番号と動詞の漢字
    6(渡置見更)20(詫尽逢思)38(忘思誓有)40(忍出思問)
    41(恋立知思)49(焚燃消思)53(嘆寝明知)55(絶成流聞)
    57(巡逢見分雲隠)65(恨詫干有朽)72(聞掛濡為)77(急分逢思)
    90(見濡濡変)97(来待焼焦) 

(注3)使用頻度別の動詞漢字
   5回  5字(来鳴言聞絶)
   4回  7字(濡降渡為明待) 
       3回 12字(干打置更掛漕成詫流忘忍永)
       2回 17字(過分帰待尽敢折散匂恋契恨燃嘆眺別留)
       1回 84字(踏振放住移眺行別告閉留落積乱染摘生括寄避萎取負繰湧優離惑宿頻貫誓
          余問初絞越比茂砕焚消暮巡分雲隠休現傾踏籠計許焼朽去訪咲焦祈往紛急
          通戦覚棚引湧乱残耐入偲上弱変片敷乾古往誘)など



(参考メモ)(その1)山部赤人「打ち出でて見れば」詠法による文字遊び

 山辺赤人の百人一首歌を(元歌)に「白妙」と関係のある百人一首歌を赤人の
「打ち出て見れば 白妙の」で詠み替えてみますと、いろいろに「打ち出て見」ることが
できました。
 本歌(元歌) 田子の浦に 打ち出て見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
      (2番)  夏来ぬと  打ち出て見れば 白妙の 衣ほすてふ  天の香具山
      (6番)  天の川に  打ち出て見れば 白妙の  かささぎ橋に 置く夜の霜 
    (15番)  春の野に  打ち出て見れば 白妙の  雪は降り来る 若菜摘む手に
    (29番)  折らばやと 打ち出て見れば 白妙の 初霜頂だく    白菊の花
    (31番) 朝ぼらけ  打ち出て見れば 白妙の 吉野の里に  降れる白雪
    (37番)  秋の野に    打ち出て見れば 白妙の たま露は散る  吹きしく風に

 さらに、畿内の東西南北方向の風景を詠みますと
  (東) 鳰の海に  打ち出て見れば 白妙の 志賀の高嶺に 雪は降りつつ
  (西) 松帆浦に  打ち出て見れば 白妙の 舟の帆波の  うねりつ駆けつ
  (南)  和歌の浦に 打ち出て見れば 白妙の たづは干潟へ 鳴き渡りゆく
  (北)  武庫の浦に 打ち出て見れば 白妙の かもめの群の 鳴き渡るかな

 そういえば、現代人は日常生活で「自然に解け合うため」「打ち出て見る」事をしなくなったのではないでしょうか。
如何なる為に忙しくなったのでしょうか。平均寿命は延びて、人生の時間は充分あるというのに。興味の対象が
即物的な「見える物」になり、自ら「見るもの」がなくなったからでしょうか。


(参考メモ)(その2)坂上是則「見るまでに」詠法文字遊び

 坂上是則の百人一首歌を(元歌)に替え歌遊びを試みた例を添付資料に示します。
      引用資料: 錦生如雪「平安京千二百年目の 百人一首随想 ー民族の言霊への誘いー」(上巻) 
                 第三十一話 白雪 (185頁)

                                                              (以    上)

平成17年9月5日   *** 編集責任・奈華仁志 ***


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